「なっ、では神子殿は伊予へ!?」 土御門にある紫姫の館。 数日振りに姿を現した翡翠は、紫姫の言葉に驚愕の声を上げた。 「ええ、そうですわ。幸鷹殿と頼忠殿も御一緒です。」 珍しく大声を出した翡翠に驚きながらも、紫姫はにこやかに答える。 幸鷹という名前を耳にした翡翠は、無意識に顔をしかめた。 胸の奥がちくりと痛む。 かつて、幸鷹は伊予の国で国守をしていた。 案内には、うってつけである事は確かだ。 だが、役目を終え暫く伊予には行っていない、案内をするのであれば自分の方が適役であるはず。 ここ数日花梨の元に顔を出していなかったのは確かであるが、それでも伊予への同行者に花梨が幸鷹を選んだという事がどういう事であるのか、考えずにはいられない。 彼女が自分の世界へ戻る、そう決めたのであれば自分には引き止める権利などない、とどれだけ自分に言い聞かせてきただろうか・・。 だが、もし他の男とこの世界に留まる事を選んだら・・? 「あ、あの・・翡翠殿?」 黙り込んでしまった翡翠を紫姫が訝しげに見る。 「ああ・・・、すまなかったね、紫姫。では、私はこれで。」 はたと気が付いた翡翠は、無理矢理いつもの微笑みを口の端に浮かべると、早々に退出してしまった。 後に残された紫姫がどうしたのかしら?と翡翠を見送っていると不意にうしろから兄である深苑の声が掛かる。 「あれでは、海賊も形無しだな。」 「兄上!一体どういう事ですの?」 突然の深苑の言葉に紫姫は困惑の声を上げた。 「紫、お前はどう思う?神子の気持ちは、さて・・何処にあるのか・・。」 訳が分からないという顔をしている妹を横目で見ながら、深苑は面白そうに笑った。 |