■ 雷鼓5 ■





静かな夜である。
静寂の中、遠くに波の音だけがやさしく響く。
夜の闇に紛れる様にして、人影が一つ、大きな屋敷の門をするりとくぐり抜けた。
普通であれば、侵入者に対して何らかの反応がある筈なのだが辺りは、しん、としたまま静寂が保たれている。
門番はどうやら眠っている様子であった。
その様子を見て、侵入者である男は微かに眉を顰めた。

(やれやれ、これでは入ってくれと言っている様な物だね・・)

そんな事を思い、一つ溜息を付いて奥の方へ足を向けた。

男は、どうやらこの家の者であるらしかった。

「頭領!!」

人影に気付いた警備の者が声を上げる。

「しっ、皆が起きてしまうよ。」

「すいやせん、今日戻るとは聞いてなかったもんで・・」

そう言った警備の者の顔は、誤りながらも少しうれしそうであった。
頭領の久しぶりの帰還がうれしいのである。
頭領と呼ばれた男は、そんな部下の様子に気付いている様で、少し笑みを漏らすと相手の言葉を遮る様に言葉を発した。

「いや、急に思い立ったものでね。取り合えず、話は明日だ。流石に疲れたよ、今日はもう休む。では、ね。」

去っていく頭領に頭を下げて、ふと警備の者の頭に何かがよぎったが、頭領が返ってきたうれしさで頭が一杯になり、大した事ではないだろうと頭の隅へ追いやられてしまった。
実は、大した事であったのだが・・・。


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自室に入った男は、先程の言葉通り疲れていたのであろう、明かりも付けずさっさと着替えて床に入ろうとした。
ふと、違和感を憶える。
どうやら既に誰かが休んでいる様子だ。
規則正しい寝息が聞こえる。

(やれやれ、一体誰が・・・)

溜息をつくと、気配を殺し眠っている人影に近付いた。
曲者の可能性もあるので、つと流星錘に手を掛ける。
警戒しながら、そっと、顔を覗き込んだ。
そして、次の瞬間唖然とする。
其処には、彼が愛して止まない愛しい姫、元龍神の神子である花梨が気持ち良さそうに眠っていたのである。

(どういう事だ?)

訳が分からない。
確かに、彼女は伊予に来ている筈だった。
自分は、伊予に来ている彼女に会う為に無理をして戻って来ているのだ。
だが、彼女は八葉の片割れである幸鷹と共に彼の縁の者の屋敷に泊まっている筈である。
その彼女が、なぜ自分の屋敷で、ましてや自分の部屋で寝ているのか皆目検討もつかない。

「花梨・・・。」

すやすやと無防備に眠る彼女の姿を眺める内に、翡翠は彼女と共に怨霊と戦っていた頃から、ずっと抑え付けていた物が、じわじわと体の奥から沸き上がって来るのを感じた。
彼女を傷つける前に離れなければ、と思うが体がいう事をきかない。
ふと、花梨が寝返りを打ちながら、寝言を呟いた。

「ん・・、幸鷹さ・・・。」

その言葉を聞いた瞬間、翡翠の中で今まで彼を止めていた何かが音を立てて切れた。

「私の部屋で、私の床で休んでいるのに他の者の名を呼ぶなんて、ね。」

顔に凄絶な笑みを浮かべながら、ぽつりと呟く。
次の瞬間、翡翠は花梨の上に覆い被さり、彼女の唇に自分のそれを重ねていた。
無防備に開いた花梨の唇に、浅く、深く何度も口付ける。
舌を差し入れ、執拗に彼女の口腔を嬲った。
次第に息苦しくなってきたのか、花梨は何度か首を振り、それでも翡翠が離れないでいると、うっすらと目を開けた。
花梨が起きた事に気付いても、翡翠はその行為を止めるどころか更に激しく、執拗に続けた。

「翡翠・・さん?!」

やっと、唇を解放された花梨が呆然と翡翠を見上げる。

「な・・・んで・・。」

花梨が言い終わらない内に翡翠は彼女の喉から鎖骨、鎖骨から更にその下へと手の後を追う様にして唇を這わせていった。

「やっ・・あっ・・やだ、いや翡翠さん!!」

花梨の拒絶の声に、翡翠ははっと我に返った。
彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て翡翠は、やってしまった、と思いながらも奇妙な安堵が心を満たしていくのを感じていた。
これでよかったのかもしれない。
どうせ彼女は彼女の世界へ還ってしまうのだ。
もし還らなかったとしても、彼女が自分を選ぶとは到底思えなかった。
八様の中には、彼より彼女と親しく、年が近い者が何人もいるのだから。
彼女が還る所や他の者と親しくしている所など見たくも無い。
それならば、徹底的に嫌われるのも悪くないのかもしれない。
我ながら、自虐的な考えであると思う。

「すまなかったね、花梨。もう、君の前には姿を現さない様にするよ・・。」

そう言って翡翠は花梨から離れると、少しの間苦しそうに彼女を見つめ、やがて意を決した様にくるりと後ろを向いて部屋を出て行こうとした。
瞬間、花梨は翡翠の衣装の袖を掴む。

「花・・梨・・?」

翡翠は、振り向かずに問い掛けた。

「嫌・・、嫌です。翡翠さんにもう会えないなんて・・嫌だ。」

駄々をこねるような花梨の言葉に、翡翠は一つ溜息をつく。

「だがね、花梨。私はもうこれ以上自分を抑える事が出来るかどうか、自信がないのだよ。さっきの様に嫌がる君を無理矢理抱いて、私の腕の中に閉じ込めて、誰にも触れさせない様にしてしまいたくなる。・・そうは、なりたく無いだろう?」
小さな子供に言い聞かせる様に、囁いた。

花梨は、翡翠の言葉に呆然と目を見開くと次の瞬間彼の背中に抱き付く。

「花梨?!」

背中に感じる暖かな体の感触に、翡翠は声が震えるのを抑える事が出来なかった。

「さっきは・・・、びっくりしたんです・・・。私・・・嫌じゃないです。翡翠さんになら・・・・。」

翡翠は、花梨の言葉を聞いた瞬間さっと後ろを振り向くと力任せに彼女を抱き締め、そっと耳元で囁いた。

「まさか、君がそんな気持ちでいてくれるとは、夢にも思わなかったよ。本当に構わないのだね、今ならまだ間に合う、一度私の物になったら離す事など出来ないよ?」

真っ赤になって、こくりと頷いた花梨を褥に横たえると、翡翠は彼女に優しく覆い被さっていった。



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翌朝、警備の者から話を聞いた他の者達は、瞬間顔から血の気が引いた。

「ばかやろー!忘れたのか、昨日あの娘を頭領の部屋へ寝かせただろ!!なんで、違う部屋で休んでもらわなかったんだ!」

それを聞いた瞬間、警備の者の顔も青ざめる
とにかく、皆で様子を見に行こうと言う事になった。

「まあ、頭領もあんな子供を相手にしようなんて思わないだろう・・・」

「おや、騒がしいね。何かあったのかい。」

まさに皆が立ち上がって翡翠の部屋へ向かおうとした瞬間、当の本人が現れたのである。

「頭領!」

「お頭!!あ、あの・・・あの娘は・・。」

「ん?ああ、花梨かい?彼女ならまだ部屋で休んでいるよ。」

おそるおそる問い掛ける仲間達を面白そうに見やりながら、翡翠は答えた。

「その・・、まさか、あの娘を・・犯っちゃった・・とか・・。」

「心外だねぇ、私が嫌がる女性を無理矢理犯す様な男だとでも?」

「そ、そうですよねまさか頭領がそんな・・・。」

一様にほっとした表情をしている彼等を見渡し、翡翠は意地の悪い笑みを浮かべた。

「もちろん、合意の上だよ。」

ぎょっとした彼等の表情が、余程面白かったのか次の瞬間翡翠は声を上げて笑い始めた。

「頭領も人が悪い、からかったんですね!」

皆が、口々にそういっていると、ことりと音がして花梨が部屋に入って来た。

「翡翠さん、ここに居たんですね!」

ほっとした表情を浮かべて翡翠に駆け寄る。

「おはよう、わたしの白菊。よく眠れたかな?」

そういって、周りの目もはばからずに花梨の唇に自分のそれを重ねた。

「と、頭領?!」

「ふふ、改めて紹介しておくよ、彼女は高倉花梨。私の妻になる。」

周囲の阿鼻叫喚をよそに、後ろから花梨を抱き締めながら翡翠は他の八葉や紫姫達に文をださねばならないなと考えていた。
多分、皆彼女を奪還しにやってくるだろうが・・。
それはそれでおもしろい。
翡翠がそんな事を考えているとも知らず、花梨は翡翠の腕の中で幸せそうに笑っていた。



END



前頁   おまけ
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一応完結です。ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
えーと、まぁ文章力のなさは大目にみてやって下さい。
実は、微妙に話の展開が同人誌の方とは違います。
直している内に変わってしまいました。
どちらが良かったのかは謎ですが・・・
一応おまけ編もあります。何時UP出来るかは不明・・・