あかねが風邪をひいたのは、彼女が京の世界へ来て1ケ月程した時の事である。 藤姫がいつも通りに部屋へやってくると、はたして神子の姿がない。 全く起きてくる気配がないのを変に思い、そっと様子を伺って見ると真っ青な顔をして座り込んでいた。 どうやら、着替えの途中で気分が悪くなり床にへたり込んでしまった様子である。 すぐに事態に気づいた藤姫は、有無を言わせずあかねを休ませ、八葉にも今日は神子の具合が悪く、出かけられない旨伝える様遣いの者を出した。 しかし、朝早く神子を誘いに来た友雅は遣いの者とは入れ違ってしまった。 「おはよう、藤姫。神子殿はおられるかな?」 「まあ、友雅殿。おはようございます。それが・・・。」 「うん?まさかもう出かけたというのではあるまいね?」 あかねは、誘われると断れないのか必ず同行させてくれる。 だから誰にも負けない様、かなり早く来たつもりの友雅は一瞬どきりとしたが顔には出さずに藤姫にそう問いかけた。 「いえ、そうではありません。神子様はどうやら熱がある様ですの。」 「それは、いけないね。」 幾分、友雅の顔つきが険しくなる。 「ええ。神子様、ずっとお休みもとらずに頑張っておいででしたから、きっと疲れがでたのだと思いますわ。」 いきなり全く違う世界に連れてこられ、龍神の神子という男でさえ過酷な役目を負わされて、それでもくじけず、一生懸命に京を救おうとしてくれている少女。 たまには、ゆっくり休んでもいいのだよと何度も言ったが、彼女は礼を言うものの頑として休もうとはしない。 だが熱が出たと言う事は、体が休みたいと言っている証拠だ。 友雅は、深く溜息をついた。 「ああ、たまには休息しなければね。丁度いい機会だ、今日と明日位ゆっくり静養して頂こう。彼女を失っては、どうにもならないのだからね。」 「もちろんですわ!神子様より大切な物などありません!!」 きっぱりと言い切る藤姫に、友雅は眉を上げた。 (おやおや、藤姫はかなり神子殿にご執心の様だね。これは、うかうかしていられない。藤姫でさえ、こうなのだから、他の八葉の気持ちは聞くまでもないだろう。) 「ふふっそうだね、藤姫。では、折角来たのだから姫君の寝顔だけでも拝見させて頂いてから、帰るとしよう。」 友雅は、藤姫に反論をする隙を与えず、すたすたとあかねの眠る棟の方へ歩いて行った。 「なっ、ちょっ、友雅殿!お待ち下さいませ!!友雅殿!」 何しろ、十二単を着ているのですぐには動けない。 藤姫は歯がみしながら、近くの女房に頼久を呼びにやらせ、自分は何とか友雅に追いつこうと重い衣装の裾を持ち上げる。 「私の目の黒い内は、どんな殿方も(もちろん、八葉でも)神子様には指一本触れさせませんわ!」 神子の眠る部屋にたどり着いた友雅は、一応声を掛けながらも、辺りに誰もいないのをいいことにどんどん神子の眠る場所へ近づいていった。 はたして、其処には苦しそうな息をしながら眠る神子の姿があった。 「神子殿は、寝顔も可愛らしいねぇ・・・。」 眠っている神子の枕元にそっと腰を下ろし、寝顔を眺める。 かなり熱がある様で、額には汗が浮かんでいた。 傍に、額に置かれていたのであろう濡れた布が落ちているのを見つけ、拾って、横にあった手桶の水に浸して絞ってから、額の汗を拭ってやる。 「ん・・。」 あかねが身じろぎをする。 「しまった、起こしてしまったかな?」 そっと様子を伺ってみる。 その時、いきなりあかねが手を伸ばしたかと思うと友雅の胸に抱きついてきた。 「みっ神子どの!?」 さすがに、百戦錬磨の友雅もこれには驚いた。 とっさに身を離そうとするが、いやいやと首を振って更にきつく抱きついてくる。 何かむにゃむにゃ寝言を言っている様子だ。 「・・あったかぁい・・・。」 目が点になった友雅である。 「くっ、ははははっ。やれやれ神子殿、貴方は私で暖をとっているのかい?」 あかねは満足したのか、友雅に抱きついたまますやすやと眠っている。 友雅はくすくすと笑いながら、自分に抱きついたままの彼女にに衣を掛けてやる。 と、そこにばたばたと慌ただしく藤姫が近づいてくる音がした。 (やれやれ、うるさいのが来たな。) 友雅は溜息をつきながらも、思わぬ役得に頬がほころぶのを隠せない。 「ま、まあああああ!!友雅殿!何をしているのですかっ!神子殿をお離し下さいませっ」 藤姫が額に青筋を浮かべながら、怒声を上げた。 貴族の姫君らしからぬ振る舞いである。 それだけ、怒りに我を忘れているということであろう。 藤姫の後ろから部屋に入ってきた頼久は、無言で友雅を睨んだまま剣の柄に手を掛けた。 「そういわれてもねぇ?藤姫。」 友雅はそんな二人を余裕たっぷりに横目で見ながら、ほら、と言って両手を上にあげる。 「しがみついて離れないのは神子殿の方だからねぇ?」 いかにも困ったと言う風に言ってはいるが、顔がほころんでしまっているので意味がない。 「みっ神子様っ!起きてくださいませ!御身が穢れますわ!」 「・・言うね、藤姫・・・。」 余りの言われ様に、少し顔を強ばらせる友雅である。 結局、神子がしがみついたまま離れないので友雅はそのまま藤姫の屋敷に泊まる事になった。 「・・・ふう、ようやく眠ってくれたか。」 ずっと神子が離してくれないので、藤姫も傍にいるといいはり、夜中までずっと無言で睨まれていたのである。 その藤姫も今は睡魔に勝てなかったのか、座ったまま器用に寝ている。 すやすやと心地良さそうに眠る神子に視線を戻し、そっとその唇に口づける。 唇を離すと友雅は、彼女の頭をゆっくりとなぜてそっと呟いた。 「あかね・・。」 腕の中のこの温もりを勝ち取るのは、容易な事ではない。 だが、誰にも負けるつもりもない。 「覚悟してもらうよ。」 不敵な笑みを浮かべ、友雅は女房が用意してくれていた酒を口に含んだ。 翌朝、あかねは何時になく気分良く目が覚めた。 いい匂いがする、香の匂いの様である。 「侍従・・・?」 「おはよう、神子殿」 「へ?」 一気に目が覚める 「えええええっっ、なっなんでぇぇ?!」 何と、自分は友雅に抱きついたまま眠っていた様なのである。 友雅は、真っ赤になっておたおたする神子を楽しげに眺める。 「ではね、神子殿。楽しかったよ。」 あかねの頬にそっと口づけてから、すっと立ち上がり部屋から出ていった。 「んん・・・、神子様?」 ようやく、藤姫も目覚め目をこしこしとこすっている。 「ふっ藤姫まで?!」 あかねは訳が分からず、呆然と友雅が出ていった方を眺めた。 (何で私、友雅さんに抱きついて寝てたの!?。寝ぼけて何か変な事でもしたんだろうか??どうしよ〜) ぐるぐる考えていると、ふと自分からも侍従の香りがする事に気付く。 途端にまた真っ赤になるあかねであった。 後書き えーと、同人誌の方でマンガで書いて出した物(確か寸陰前編?) のプロットです。 随分書き直したんですが、何かいまいちですね・・(汗) 今後同人誌の方で出した小説のHPへのUPとかは、しないつもりなんですが、マンガで出した物のプロットをこういう形で出すことはあると思います。 −なみ− |